トランプ大統領を、今どう論じるか・100年後の評価は…アメリカの復元力を生む「確信」への疑い
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時代や人によって英雄が悪漢と見なされ、その逆も起きる。無能とののしられた指導者が時を経て再評価され、改革を期待された異端児が権力を握ると守旧派に転じることもある。
ジャンヌ・ダルクに対する仏英の正反対の感情や吉田茂元首相をめぐる没後と生前の評価の落差など、事例は古今東西、枚挙にいとまがない。就任から半年、総じて厳しい視線が向けられている石破茂首相にしても「棺を覆いて事定まる」のだから、これからの仕事ぶりで歴史の記述はいかようにも変わる。

歴代米大統領で随一の人気を誇るエイブラハム・リンカーンも、南北戦争での徴兵で暴動を招き、港湾からの南軍への補給を断つために海上封鎖を行った。
「リンカーンにも今のドナルド・トランプ大統領にも、時の憲法から逸脱した決定をしたという批判がある。阿川さんならどう論じたか、聞きたかった」
昨年11月に亡くなった米憲法の泰斗、阿川尚之さんをしのぶ会合で、知米派の元外交官がこの歴史を引いて、そう話していた。
リンカーンに対する酷評は、第1次トランプ政権当時に刊行された幻想文学とも歴史小説ともつかない奇書『リンカーンとさまよえる霊魂たち』(ジョージ・ソーンダーズ著、上岡伸雄訳)でも虚実入り交じった同時代の「声」として描かれ、話題を呼んだ。
<最低><独裁者><この国を覆う寂しさ、悲しみ、嘆きはその弱さ、優柔不断、道義的勇気の欠如のせい><分別ある者に代わる前に国の存続は危機に陥る>
訳者は「評価がいかに人によって、時期によって異なっていたかを
自由、民主主義、法の支配を信奉してきた国のトップとは思えない粗暴で不公正な発想によってウクライナ戦争や中東の紛争の終結を促すトランプ大統領が、100年先に「偉大な大統領」と神話になっている歴史があり得るだろうか。

その答えのヒントを、3月公開の映画「教皇選挙」の中に見つけた。
コンクラーベ(ローマ教皇の選出会議)を仕切るレイフ・ファインズさん演じる首席枢機卿が、世界各地から集まった枢機卿団を前に「確信(certainty)は罪」「確信は寛容の敵」と説く場面だ。
これが「正義(justice)」だったら、響かなかったろう。「正義」は強要され、疑う余地なく、争いの盾にもなる。「確信」は、もう少し緩い個人の心の持ちようだ。罪や敵になり得るとしても、「正義」は誰かの「確信」でしかないと思えば、疑い、新たな知見を受け入れられる。